俳優デビューして以降、数々の作品に出演し、ネクストブレイク俳優としても名前があがるほどの坂東龍汰さん。
今とっても注目されている、若手俳優さんですよね。
そんな坂東龍汰さんですが、出身地がニューヨークと北海道という噂があります。
今回は、坂東龍汰さんの出身地について、調査しました!ぜひ最後まで御覧ください。
坂東龍汰の出身地は北海道のどこ?
坂東龍汰さんはニューヨークで誕生し、3歳のときに北海道に移り住みました。
実家があるのは、北海道伊達市のようですね。
北海道伊達市は、北海道の南西部に位置し、中心都市である札幌市と函館市の中間にあります。
近くには、工業都市の室蘭市や、温泉観光地の登別市・洞爺湖町などがあります。
伊達市は人口およそ33,000人ほどで、野菜を中心とした農業が盛んです。
坂東龍汰さんの実家は、目の前に海がひろがっており、夕陽がとても綺麗だそうですよ。
https://twitter.com/bando_ryota/status/1212272339821322240?s=20&t=DyXreYkPcft90XkUGdsGPw
もともとお父さんの仕事の関係でニューヨークで生まれた、坂東龍汰さん。
3歳で北海道に移り住み、そこから18歳までシュタイナー教育を受けました。
シュタイナー教育という特殊な教育を受け、破天荒な父とユニークな母に育てられたので、何が普通かわからないような環境で育ったようです。
そんな坂東龍汰さんが役者を志したのは、高校3年生のときでした。
シュタイナー教育のカリキュラムに、「演劇」があったので、小学生のときからお芝居はやっていました。
高校の卒業演劇では、主演をつとめ、セリフの多い役だったそうです。
とても大変でしたが、お客さんの反応を肌で感じ、これまでにないほどゾクゾクして、コレしかない!と思ったそうですよ。
坂東龍汰はニューヨーク生まれで帰国子女?英語力が凄い!
坂東龍汰さんは、ニューヨーク出身ということで、帰国子女になりますね。
となると英語が話せるのかな?と思いますが、本人いわく「英語で芝居できるほどは喋れない」ということでした。
高校時代に、ニュージーランドに留学していた経験もあるようなので、日常会話くらいはできるようです。
街で外国の方に道を聞かれたら答えられるとか、海外の友人も多いので、そこでの会話ぐらいはできるんですけど、英語でお芝居ができるか、と言われたら、それは無理です(笑)。
NYLON JAPANより引用
ただ、坂東龍汰さんは海外の作品にも興味があるそうで、仕事で英語を使えるくらいは、話せるようになりたいということでした。
これから英語を本格的に勉強すれば、海外進出も夢ではないと思います。
映画「弱虫ペダル」の宣伝で、「ネプリーグ」に出演した際は、「英語が出来ます!」とアピールしていました。
しかし、羊を「ジープ」と言ったり、「海」の英語が出てこなかったりと、ちょっと怪しい部分はありましたね。
英語を話すのと書くのでは違いがあるので、もしかしたら話すのは得意で、書くのは苦手なのかもしれません。
ちなみに、ドラマ「この恋はフィクションです」の第3話で、英語を話すシーンがありました。
短いシーンですが、発音が良いことが分かります。
https://twitter.com/teeyaaaam/status/1451038183630594050?s=20&t=3glO9oIe7-W-aDhwCKuPXA
また、映画「スパイの妻」では、撮影中に英語を話すシーンで、坂東龍汰さんの英語が上手すぎてカットされたことがあったそうです。
主演の高橋一生さんの甥・文雄役だったのですが、ネイティブの発音ではないという設定だったそうです。
今回の英語のセリフは緊張しました。もちろん意味がわかって話しているんですけど、なんだか自分の言葉じゃないような気がして。
逆にあまり上手く話さないでほしい、とも言われていたので、敢えてジャパニーズイングリッシュでやりましたけど(笑)。
フジテレビューより引用
英語のセリフがうますぎてカットされるなんて、かなり話せるということですよね。
坂東龍汰の幼少期もかわいい!生い立ちを確認!
坂東龍汰さんはニューヨークで生まれ、北海道で育ちました。
幼少期の写真を見てみると、とっても可愛いですよね。
坂東龍汰さんが受けた「シュタイナー教育」とは、思想家のルドルフ・シュタイナーが提唱した、個々を尊重する教育方です。
カリキュラムや授業内容は、一般の学校とは大きく異なり、教科書やテストはありません。
そのため、他者と比較して順位や点数で評価されることはない、ということです。
勉強を頑張る子もいれば、芸術的な才能を発揮する子もいますよね。無理に勉強させるのではなく、潜在的に好きなことを追求させる、という教育です。
テレビやゲーム、携帯電話などの電子機器は使用禁止で、かなり浮世離れした子供に育ちそうですね。
坂東龍汰さんは、趣味で絵を描いたり写真を撮るのですが、その腕前がかなりのものであることが分かりました。
#シロクロ 第7話本日です
今日は絵を描く時間がなかったのでだいぶ前、あれは高校2年の時だ。
油絵にハマっていた時描いたホワイトタイガーを、
一応ねシロとクロの絵具で描いたし、動物なので…。
7話、7話、お見逃しなくだよ~#ついにサボった#いや気分転換といことにしよう pic.twitter.com/zgSzW4o8da
— 坂東龍汰 Ryota Bando (@bando_ryota) February 23, 2020
俳優を目指すこととなった坂東龍汰さんは、高校卒業後、2週間後には家を出ました。
両親は背中を押してくれたものの、自立を求められたので、住み込みでアルバイトをしたそうです。
まずはお金を貯めなくちゃと、住み込みで働ける旅館を探してバイトをしました。そして1年で貯めた100万円を持っていざ東京へ出てきたら、人が多い、街がグレー、空気感が冷たい、自然がない……。ここで生活できるだろうか、北海道に帰りたい、とカルチャーショックの連続でした。
FIGAROより引用
そして、同じシュタイナー教育を受けていて親交のあった村上虹郎さんに勧められて、現在の事務所「鈍牛倶楽部」を紹介されます。
家庭でもシュタイナー教育が徹底していたこともあり、坂東龍汰さんは長らくそれが人と違うことを、知らなかったそうです。
いまは俳優という仕事を通じ、生まれたてのような常識を知る毎日だそうです。
坂東龍汰さんは、シュタイナー教育で育てられた核の部分は、これからも大事にしていきたいと話していました。
まとめ
今回は、坂東龍汰さんの出身地について、紹介しました。
坂東龍汰さんはニューヨークで生まれ、3歳の頃から北海道伊達市で育ちました。
高校時代にニュージーランドに留学していたこともあり、英語はそれなりに話せるようですね。
これからもますます活躍していってほしいですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。
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