藤原竜也の学歴を確認!出身高校は堀越で中退?中学時代は秩父の悪魔と呼ばれていた!

誰もが認める演技派俳優、藤原竜也さん。

40代の俳優黄金世代の中でも、その演技力と存在感は、ずば抜けたものがありますよね。

そんな藤原竜也さんですが、どのような学生時代をすごしてきたのでしょうか。

今回は、藤原竜也さんの学歴について、調査しました!ぜひ最後まで御覧ください。

藤原竜也の学歴を調査!出身中学は?

藤原竜也さんは、埼玉県秩父市出身です。秩父市立花の木小学校2年生のときから、サッカーを始めています。

当時、サッカー選手の三浦知良さんに憧れて、サッカーを始めたそうですよ。

また、プロレス好きだったことから、かなりやんちゃな子供だったそうです

両親、兄、姉の5人家族の末っ子として生まれた藤原竜也さん。小学生のころから、父親は仕事で単身赴任が多く、母親も飲食店を経営し、多忙だったようですね。

小学校卒業後、秩父市にある公立中学校「秩父市立秩父第二中学校」に進学しました。

この中学は公立中学校なのですが、多くの著名人を輩出しており、落語家の林家たい平さんや、お笑い芸人のアキラ100%さんの母校でもあります。

さらに、宝塚歌劇団星組だった彩海早矢さんは、中学時代の同級生だったそうですよ。

中学時代、藤原竜也さんはサッカー部に所属し、埼玉県大会ベスト4まで勝ち上がったこともあるそうです。

しかし、藤原竜也さんは芸能界に入る際、て「埼玉県選抜補欠」「秩父市選抜レギュラー」と書いていたのが、全くのウソであることを暴露しています。

レギュラーどころか、秩父選抜にも選ばれていなかったそうです。

今でも藤原竜也さんはサッカーが好きで、Jリーグ・浦和レッドダイヤモンズのファンだそうですよ。

藤原竜也さんは中学2年生のときに、池袋に遊びに行った際にホリプロ社員にスカウトされ、蜷川幸雄監督舞台の主演オーディションのチラシを渡されます。

その時は連絡先を聞かれることもなく、スカウトという感じでもなかったので、オーディションを受けなければ俳優にはなっていなかったのですね。

チラシを見た藤原竜也さんは、舞台主演に興味が湧き、オーディションに参加することを決意します。

実はオーディションでは、一次書類選考で落とされていました。

しかし、チラシを渡したホリプロ社員が、藤原竜也さんの書類を合格書類に紛れ込ませ、選考に残ったそうです。

その結果、1997年に舞台「身毒丸」の主演で、俳優デビューを果たします。

ロンドンで上演された際には、「15歳で初舞台とは思えぬ存在感。天才新人現る」と、大絶賛されていました。

藤原竜也の出身高校は堀越高校!4日で中退?

藤原竜也さんは中学校卒業後、芸能人御用達の堀越高等学校に入学しました。

しかし、高校にはわずか4日しか通っていません。

もともと中学校3年生から俳優として注目され、高校入学時は連続ドラマへの出演も決まっていたので、俳優業に専念するためにあっさり中退したようですね。

そのため、最終学歴は中卒となります。

堀越高校は芸能人御用達高校で、トレイトコースが設置されています。

藤原竜也さんの同級生には、深田恭子さんや加藤あいさんらがいたそうですよ。

芸能活動をしやすい堀越高校を選んだものの、藤原竜也さんは「4日できれいに辞めました」と公言しています。

そのたきっかけは、学校帰りに稽古場を訪れ、演出家の故・蜷川幸雄氏と、劇作家・唐十郎氏の会話を聞いたことでした。

小説を読んでいるような高貴な言葉が連なっており、自分が学ぶべき場所は高校ではなく、稽古場たと思ったそうですよ。

中退後には「サイバー美少女テロメディア」など、連続ドラマにいくつも出演し、一気に知名度を高めました。

18歳のときに出演した映画「バトル・ロワイアル」では、主演をつとめ、大ヒットを記録します。

そして、藤原竜也さんの演技も高く評価され、日本アカデミー賞優秀主演男優賞・新人俳優賞を同時受賞しました。

2001年には「新・星の金貨」で、連続ドラマ初主演を飾り、その活躍の場を広げていきました。

高校も中退しているので、大学には進学していません。

21歳の時には、舞台「ハムレット」で、日本演劇史上最年少でタイトルロールを演じる、という快挙を成し遂げました。

藤原竜也は中卒で元ヤン!中学時代は秩父の悪魔と呼ばれていた?

藤原竜也さんは中学時代、サッカーに打ち込んでいましたが、その一方でかなりヤンチャをしていたそうです。

一部からは、『秩父の悪魔』と呼ばれていたそうですよ。

勉強は好きではなく、学校へは給食だけが目当てで通っていたそうですよ。

そのため、それ以外の時間に学校を抜け出しては、先生に怒られていたそうです。

藤原竜也さんが元ヤンキーだったことは有名で、池袋にカラーギャングの抗争を見るために、秩父から2時間かけて見に行ったほどです。

池袋東口で、カラーギャングの大抗争があり、実際に「仁義なき戦いのようだった」と話していました。

なんとその時に、たまたまスカウトされたといいますから、驚きですね。

しかしスカウトしてきた女性に対しては、「知らねーよ!」とキレてしまったそうです。そのときは友人も一緒にいたので、恥ずかしさもあったそうですよ。

また藤原竜也さんは、ファンの間「私服が元ヤンっぽい「ダサい」なんて言われています。

たしかに、なんだか田舎のショッピングモールにいそうな恰好ですね・・・(笑)

ほかにもヤンキーエピソードがあり、喧嘩に負けて土下座した相手に、かかと落としをした、という伝説があります。

また、スカウト後に事務所スタッフが学校に挨拶に行った際は、先生たちから「どうぞどうぞ、引き取ってくれてありがとうございました」と言われたそうですよ。

先生も、藤原竜也さんのヤンチャっぷりには、手を焼いていたようですね。

元ヤンエピソードではないですが、未だにヤンキー時代が抜けていないのか、芸能界の大先輩・吉田鋼太郎さんに「上等だよ!舐めんじゃねーよ!」と言ったことがあったそうです。

そして、船越英一郎さんに酔っぱらって「英ちゃん」と言った際は、宇梶剛士さんから怒られたそうですよ。

1000人斬りとは?

元ヤンキーだった藤原竜也さんですが、「1000人斬りしていた」という噂もあるようです。

18歳の時に、「付き合っていたアイドルや芸能人をいれると、100人くらいかなぁ」と言っていた、という噂が元となっています。

しかし、さすがに年齢的に1000人は言い過ぎでは?という証言がありました。

「ただ、そこそこの数はこなしていますね」続けて「彼はいわば素人専門。芸能人より、キャバ嬢や仕事相手の女性スタッフなんかに手を出していました。下手なアイドルに手を出して、売名に使われるより全然マシですよ」と語る。
livedoorニュースより引用

本命は長年付き合った彼女だけで、それ以外は基本的に1回きりの関係のようです。藤原竜也さんは、かなりストライクゾーンが広いようですね。

さわやかな見た目をしていますが、かなりの肉食系男子だったのですね。

2000年には、週刊誌に、初対面の女性との写真をリークされていましたね。まあまだ未成年のときですから、目をつむってあげたいところです。

まとめ

今回は、藤原竜也さんの学歴について、紹介しました。

中学時代はかなりヤンチャをしていた藤原竜也さん。役者の道を歩み始め、堀越高校は4日で中退していたようです。

サッカー少年でありながらも、かなりのヤンキーで、「秩父の悪魔」と呼ばれていたみたいですね。

これからもますます活躍していってほしいですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。

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