2023年の紅白歌合戦に出場が決まった、伊藤蘭さん。
アイドルグループ「キャンディーズ」時代は圧倒的な人気を誇り、解散後は女優としてさまざまな作品に出演していますよね。
そんな伊藤蘭さんが、どのような学生時代を過ごしてきたのか、気になりますよね。
今回は、伊藤蘭さんの学歴について、調査しました!ぜひ最後まで御覧ください。
伊藤蘭の学歴を確認!出身中学は?
伊藤蘭さんの出身中学校は、杉並区立荻窪中学校です。
生まれは武蔵野市で、武蔵野市立小野田小学校に通っていました。
母親は洋裁教室を経営しており、子供のころは手作りの洋服を1日に何度も着替えさせられたそうですよ。
また、犬と猫を必ず飼っている家だったそうです。
伊藤蘭さんはあまり活発な子ではなかったので、口数は少なく、人前に出ることも苦手でした。
小学校3年生の時に、先生から学芸会の司会に指名され、緊張したものの、これがきっかけで集団に入っていけるようになったそうです。
中学時代は自分自身を変えたいと一念発起し、演劇部に入部しました。
当時伊藤蘭さんは、アイドルグループ「フォーリーブス」のファンで、歌番組でバッグダンサーをしていた「スクールメイツ」に憧れていました。
そして、自らオーディションに応募しています。
当時は本当に恥ずかしがりやだったそうで、演劇部の学芸会でも、下を向いたまま舞台に立つような子だったそうです。
しかし、スクールメイツに自ら応募するという、大胆なところもあったようですね。
その後は渡辺プロダクションが経営している東京音楽学院に入しました。
中学校が終わると、制服のまま中央線に乗って新橋に向かうという日々だったそうです。
テレビ番組への出演が近づくと、振り付けを覚えなければならず、ほぼ毎日東京音楽学院に通っていたそうですよ。
「スクールメイツ」の同期には、太田裕美さんや、キャンディーズの田中好子さんがいたそうです。
その1年後には、キャンディーズのメ藤村美樹さんが入ってきたそうですよ。
伊藤蘭の出身高校は偏差値日大二高!デビューは高校時代?
伊藤蘭さんは中学校卒業後、日本大学第二高校女子部(偏差値67)に進学しました。
現在は共学ですが、当時は女子部と男子部に分かれていたそうですよ。
この高校には、2学年上に女優の松坂慶子さんもいたそうですよ。
伊藤蘭さんは高校時代は帰宅部だったそうで、部活動に入っていません。
高校3年生だった1972年4月には、NHKの新番組『歌謡グランドショー』のマスコットガールのオーデションに、3人そろって合格します。
番組プロデューサーに『キャンディーズ』と名付けられ、当初は歌手デビューの予定はなかったものの、たまたま音楽プロデューサーの松崎澄夫さんに見初められ、デビューが決定します。
メンバーの名前は、親しみやすく呼びやすいように、「ラン」「スー」「ミキ」とされたのです
伊藤蘭さんは、3人の中で1番年上だったこともあり、リーダー的存在でした。
1973年には、「あなたに夢中」でCDデビューしています。
最初は田中好子さんがセンターだったのですが、色っぽさのある伊藤蘭さんがセンターになり、その後はずっとセンターをつとめていました。
みんなそれぞれ人気がありましたが、伊藤蘭さんのファンは男性が多く、年齢も幅広かったそうです。
伊藤蘭さんがセンターになって最初の曲が「年下の男の子」で、初めてのベストテン入りとなりました。
「3人共オーディションに受かってのことだったので、すごくうれしかったです。最初は生放送の歌番組のアシスタント的な役目でしたが、月に1回歌わせてもらい精いっぱいやりました。」
オリコンニュースより引用
伊藤蘭の出身大学は日大芸術学部?中退した?
伊藤蘭さんは高校卒業後、日本大学芸術学部演劇学科(偏差値50)に進学しています。
高校がこの大学の系列だったことから、一般受験ではなく内部進学で進みました。
芸術学部では、演劇を専攻していたそうです。
大学1年生だった1973年9月に、ファーストシングル「あなたに夢中」でデビューしたのですが、さほどヒットせず、当初は話題にもなりませんでした。
またバラエティ番組に出演をしていたので、グループ名は知られていたものの、楽曲はなかなかヒットしませんでした。
マネージャーが試行錯誤した結果、伊藤蘭さんがセンターに抜擢され、「年下の男の子」がようやくヒットしたそうです。
そして翌年には、9枚目シングル「春一番」が大ヒットとなり、キャンディーズの人気が爆発的となりました。
当時大学3年生だった伊藤蘭さんは、仕事が多忙を極め、練習時間が足りなくなってしまいます。
不安なまま舞台に立ち、いつも余裕がない状態で、大学も中退することとなります。
また当時は、実家に帰るとファンが集まっていることがざらで、プライバシーもなにもなかったようです。
ファンが「おかえりなさい」と言ってきたそうで、一旦自宅に荷物を置いて、もう一度玄関で雑談をすることもあったそうです。
それ以降もキャンディーズはヒット曲を連発し、国民的アイドルグループとなりました。
バラエティにも出演し、ドリフターズの『8時だョ!全員集合』にレギュラー出演していました。
『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』ではコントにも挑戦し、伊藤蘭さんの『私、のー(どう)したらいいの。』は流行語にもなしました。
ところが22歳だった1977年7月、突然の解散宣言をします。
伊藤蘭さんたち3人は、「3年間はがむしゃらにやる」と、3年間までの活動と決めていたそうです。
1977年7月、日比谷野音でのコンサートのステージ上で、突如の解散を発表します。
伊藤蘭さんが泣きながら、『普通の女の子に戻りたい』と叫んだ言葉は、流行語になりました。
実はこの解散宣言は、所属事務所に正式に許可を得ていなかったので、翌日に緊急記者会見と、『夜のヒットスタジオ』の生放送でも謝罪しました。
その後、所属事務所を説得し、半年後に解散しています。
この解散宣言は世間に衝撃を与え、1978年2月にリリースした『微笑がえし』は、初のオリコン1位を獲得しました。
1978年4月には、後楽園球場で解散コンサート『ファイナルカーニバル』が開催され、異例の観客動員5万5000人を記録しています。
まとめ
今回は、伊藤蘭さんの学歴について、紹介しました。
伊藤蘭さんは、地元の杉並区立荻窪中学校を卒業し、日本大学第二高校女子部に進学していました。
そのまま日大に進学したのですが、芸能活動が多忙を極めたため、中退していたようですね。
今後の活躍にも注目ですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。
コメントを残す